■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 週刊メールジャーナル 1999年11月3日号 第10号 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ★乱脈経営に自民党大物政治家も関わる東京相和銀行で、自殺者が相次ぐ ★介護保険見直しの裏に、保守政治勢力の反地方分権主義と道徳教育的思惑 ★資産家愛人の財産を横領し流用した興産信金会長/4日の裁判で本人尋問 ★【読者の要望に応えて】知られざる業界「興信所、探偵社」その実態は ___________________________________ 乱脈経営に自民党大物政治家も関わる東京相和銀行で、自殺者が相次ぐ 総務副部長と管財部次長が首つり自殺 経済ジャーナリスト 中野 忠良 今年6月債務超過で経営破綻した第二地銀の東京相和銀行(本店・港区) は、東京地検特捜部と警視庁捜査二課が、同行の乱脈経営の実態を捜査、長田 庄一前会長の特別背任容疑で摘発できるかどうかが焦点である。 同行で10月6日、10月12日と中堅幹部が相次いで自殺した。神奈川県 茅ヶ崎市の自宅近くの公園で首つり自殺した総務部副部長・割石芳和さん (48)は、家族に「仕事で悩んでいる」との遺書を残している。 管財部次長・東風谷進さん(47)は、10月12日、自宅2階で首をつっ て死んでいるのが家族に発見された。 割石さんは、長年、総会屋や労働組合との折衝役をつとめ、株主総会も1人 で仕切ってきた人で、行内では「長田会長のシリぬぐい役をやっていた」とい われている。 東風谷さんは、20年以上もビル設計や内装などの仕事を手がける一方、高 価な調度品(絵画や陶器など)の管理を担当しており、長田会長の“不正蓄 財”と“資産隠し”に携わっていた人物といわれる。 割石、東風谷の両氏は、経営破綻後に入ってきた金融整理管財人から連日、 事情聴取を受けており、地検特捜、警視庁捜査二課もワンマン会長から“裏仕 事”をさせられてきた二人はマークされ、これから捜査が始められようという 矢先の相次ぐ自殺だった。 金融管財人は長田前会長の自宅などの資産を差し押さえ、刑事、民事の責任 追及を進めているが、長田前会長の会社私物化をどこまで解明できるか。東京 相和銀行の“闇”は自民党の大物政治家もかかわっているだけに、相当深いと 見なければなるまい。 ___________________________________ ⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔⇔ 介護保険見直しの裏に保守政治勢力の巧妙な思惑/家族道徳教育の発想と 反地方分権主義 ジャーナリスト 川崎 明(元・千代田生命広報部次長) ●連立の目当ては次期衆院選対策だけ 臨時国会の開会を目前にした介護保険制度の見直し協議は、“自自公”連立 が同床異夢の数合わせ政権であることを、はからずも暴露する結果になった。 合わせて、小渕恵三首相のリーダーシップの無さも証明した。 10月始めの亀井静香自民党政調会長の「子供が親の面倒を見るという美風 を損なわないように」の発言と、小渕首相の「臨時国会までに(与党の)結論 を出してほしい」の指示によって、10月25日の3党の実務者協議以来、 29日未明の政策責任者の「合意」までの迷走ぶりは、この連立政権が衆院解 散総選挙対策だけが目当ての連立だったことを国民に知らせることに役立っ た。 その「合意」とは、保険料徴収の「凍結」は「実施しない」に、家族介護へ の「手当」は「慰労金」という、言葉遣いの調整に終わり、現実には4500 億円を超える赤字国債により、総選挙対策のバラまきを決めただけ。 介護保険の財源問題では、自由党・公明党それぞれの主張にかかわる税方式 ・保険方式の結論は先送り、「介護の社会化」をめざす介護保険の根本理念の 議論は宙に浮いたままである。 ●「家族の美風」は保守合同のメルクマール では、亀井政調会長のあの発言は何だったのか。 言うまでもなく、自民党総裁選にからんだ、党内人事に端を発した主導権争 いから飛び出した言葉と見れば説明がつく。 介護保険料という国民の負担増と、これに対する介護サービスの準備遅れ が、消費税増額のときのような国民的批判の盛り上がりを恐れたことで、保険 料徴収の凍結を考えついたのだ。 さらに、「子供による介護の美風」とは、第2の保守合同をめざす亀井氏と しては、橋本内閣で立ち上げかけた「教育改革」のプロジェクトを、何として も小渕内閣で立ち上げるための助走路を整備する必要があったのだ。 「国旗・国歌法」に連動する「美風=道徳」教育を保守合同のメルクマール とする思想があると見られる。 その証拠に、公的介護制度の財源を全額税方式を主張する自由党に配慮した 亀井氏は、29日未明の記者会見では、9回「介護」という言葉を使う場面 で、一度も「介護保険」を使わなかった。その後の質疑の中でも亀井氏は「保 険」という言葉を避け続けたのだ。 厚生省による介護保険の制度で、保険者を市町村とした背景には、年金や医 療保険の国の財源が破たんの危機にひんしていることから、市町村に保険財源 を押しつける考えがあった。 ●全国一律「慰労金」は全く非合理 反面、民意が反映されやすいという意味では、地方自治を住民を主人公とす る行政に変革する可能性も出てきた。 ただし、そのためには、介護保険の運営に住民が積極的に参加する必要があ る。 要介護認定では自立と判定されたけれど、現実に介護の必要なお年寄りをど うするか。要介護認定はされても事業者の不足によって十分なサービスを受け られないお年寄りはどうするのか。低所得で利用者負担を支払えないお年寄り はどうするのか等々…来年4月開始時の不安材料は多い。 住民によるボランティア活動が期待されるゆえんである。 これまでも、自治体ごとに介護支援事業が実施されてきたし、諸制度の発足 に合わせてこれを見直す動きも早くから始まっている。 国による全国一律の「慰労金」より、自治体が、介護の需要とサービス事業 者の実態に合わせた支援事業を行うことが合理的なのだ。 ところが、こうした地方自治の実績づくりが、中央集権の行政に風穴を開け る可能性があり、これを嫌う政治勢力があることを、今回の介護保険見直し問 題の迷走劇は教えてくれたのだ。(以下次号) ___________________________________ ∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇∇ 銀行マンとしても男としても最低の興産信金会長/資産家女性を口説き六千万 横領して資金繰りに流用、暴力と不当裁判で黙らす/ジャーナリスト 佐藤進 金融機関のトップが、バーを経営する資産家の美人女性(三十歳代前半)に 目をつけ、口説いて愛人とした。知り合った直後から、この男は自分の金融機 関に財産を預金してくれるよう愛人に頼み、その預金残高は一年で二千万円以 上となった。 その後、男は愛人の通帳と印鑑を巧みに預かり、九二年十月、愛人の預金二 千万円を勝手に引き出して着服・横領した。 さらに男は翌月、自分の金融機関から愛人に対して、愛人が所有するマンシ ョンを担保に四千万円を情実融資させた。その直後に、預かっていた愛人の通 帳と印鑑を用いて、九二年十二月から九三年二月に三回に分けて、その四千万 円を勝手に引き出して着服・横領した。 それら、総額六千万円は、系列ノンバンクの資金繰りや問題融資の裏金な ど、銀行トップとして急に必要になった資金に流用したという。 ◆顔を殴りアザ、愛人は手首切り自殺未遂◆ 横領に気付いた愛人が男に抗議し返還を求めると、男は愛人の顔にアザがで きるほど激しく殴るなどの暴行を加えた。さらに男は別の女性と交際を始めた ため、愛人は手首を切って自殺未遂を図るまで追いつめられていった。 銀行マンとしても、ひとりの男としても、この最低の男の名は志津努(六四 歳)。父親の跡を継いで興産信用金庫(本部・東京都千代田区)の理事長を八 九年から九五年までつとめ、現在も会長職にある。 志津努氏から預金を横領された愛人はその後も、金を返すよう志津氏に求め てきたが、この話は徐々にマスコミ関係者の知るところとなる。 「週刊新潮」九七年十二月四日号では「元ミス日本の愛人に『六千万円ネコバ バ』を告発された信金会長」と報道され、「財界展望」九七年十二月号には 「恋人の口座から四千万円借用した興産信用金庫会長の経営感覚」と報道され た。 すると志津努氏は何を血迷ったか、九七年十二月、それら出版社を東京地裁 に名誉毀損で提訴、さらに愛人に対しては「債務不存在確認請求訴訟」(愛人 に対して自分は債務がないことの確認を裁判所に求める訴え)を東京地裁に提 起した。 ◆「金は彼女に手渡した」と強弁、証拠なし◆ 志津努氏は法廷で、横領した預金について「彼女から頼まれて通帳と印鑑を 預かり、普通預金から引き出し、その現金は彼女に手渡した。着服横領してい ない」などと主張している。しかし、それを裏付ける証拠は出されていない。 一方「普通預金だから、彼女はいつでもどこからでもキャッシュカードで引 き出せるのに、何故わざわざ志津努氏に頼んだのか」また「信用金庫の理事長 たる人に対し、娘のような年齢の愛人が、使い走りを命じるように預金の引き 出しを依頼するだろうか」という当たり前の疑問が提出されている。この疑問 に対し、志津努氏側から説得力のある説明は出されておらず、志津努氏の主張 はとうてい信じ難いと見られている。 この裁判が大詰めを迎えている。この元愛人の本人尋問が十月十九日、東京 地裁で行われ、約一時間半にわたって預金横領の経緯を詳細に証言した。元愛 人は「バーの出資金千五百万円を損して店を辞めてまで、志津さんとお付き合 いを始め、一人暮らしだった志津さんに尽くしたのに、こんなひどい仕打ちを 受けた」などと涙ながらに証言した。 ◆11月4日東京地裁で志津努氏の本人尋問◆ その後、志津努氏側の二名の弁護士から元愛人に対して入念な反対尋問が行 われた。元愛人は全ての質問に毅然と回答し、証言に関して矛盾点や嘘を指摘 されるに至る場面は全くなく、元愛人の証言の真実性を強く印象づけた。 志津努氏はこの様子を初めから最後まで傍聴した。放心したような無表情な 顔つきで元愛人の後ろ姿を見つめ、時おり微かにうなずくなどしながら聞き入 っていた。 閉廷後、志津努氏に「今日の話について何かご感想を」とコメントを求めた が、赤い顔に照れ笑いのような笑みを浮かべながら小声で「いいです」と告 げ、そそくさと傍聴席を後にして行った。 次回裁判期日は、11月4日木曜日。興産信金会長・志津努氏の本人尋問が 行われる。時間は13時45分。場所は東京地方裁判所(東京・霞が関)6階 607号法廷。事件番号は「平成9年(ワ)28129」。傍聴についての問 い合わせは、東京地方裁判所民事18部。電話03−3581−5411。 ___________________________________ 【読者からの便り「興信所、探偵社の問題について書いてほしい」に応えて】 知られざる業界、その実態は(1) 経済ジャーナリスト 中野 忠良 興信所、探偵社は「知られざる業界」と言われ、その実態がなかなかつかみ きれない業種です。一般には、今でいう総会屋や会社ゴロ、恐喝屋的な興信所 や探偵社が増えてきたことも市民のひんしゅくを買った原因の一つとみられて いる。 だが、興信業といわれるその歴史をさぐってみると、1830年にイギリス のジョナサン・ワイルド、アメリカでは41年に世界的な評価を与えられてい るダン興信所、52年にはピンカートン探偵社が誕生しており、フランスは 57年、ドイツは59年に興信所が生まれている。 日本では、1892年(明治25年)大阪に商業興信所が創設された。日本 銀行の理事をつとめ関西実業界の元老格だった外山修三氏が設立したもので、 日銀と大阪の銀行団が出資して“半官半民”の形で発足した。 東京では、海外視察から帰国していた民間人の白鳥敬之助氏が、明治25年 8月に商工社(現在の東京商工リサーチ)を設立、同28年には日本の私立探 偵の草分けといわれる岩井三郎氏によって岩井三郎事務所が創立されている。 また、第一銀行頭取の渋沢栄一氏が、東京興信所を設立、大阪の商業興信所 と同じく日銀と東京の銀行団が出資した。明治33年には後藤武夫氏が帝国興 信所(現在の帝国データバンク)を設立、同35年には内尾直二が人事興信 所、39年には藤山雷太氏が東京商業興信所を創立し、以上の7社が日本の興 信所、探偵社の草分けとなった。(次号につづきます。お楽しみに) …………………………………………………………………………………………… このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を利用して発 行しています。( http://www.mag2.com/ ) 購読を開始または中止されたい 方はこちらでどうぞ。http://www.mail-journal.com/touroku.htm ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 週刊メールジャーナル 1999年11月3日号 第10号(水曜日発行) ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 発行人:メールジャーナル社 代表 大森哲夫 東京都千代田区富士見 2-10-11-3F 電話 03-3234-1191 Fax 03-3234-1193 http://www.mail-journal.com/ request@mail-journal.com 転載・再配布・引用等には事前にメールジャーナル社に許可をお取り下さい。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■