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2000/3/29 No.30    週刊メールジャーナル   読者数7168人(先週)
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★ドリキャス全然売れず、業績急速悪化のセガ/家庭ゲーム撤退かリストラか
★堕落する報道番組/見るに耐えない最近のテレ朝「サンデープロジェクト」
★ソニーの金融界進出に暗雲/ソニー生命で有力副社長の意外な「左遷」人事
★腐敗警察のルーツ、パチンコ利権恥史(2)公安委員会の認可制施行の時代
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ドリキャス全然売れず、業績が急速悪化のセガ/家庭ゲーム撤退かリストラか
                    経済ジャーナリスト 中野 忠良

 “起死回生”を狙った家庭用ゲーム機「ドリームキャスト」の予想外の売れ
行き不振で「セガ・エンタープライゼス」は、最終赤字が109億円の予想か
ら353億円に下方修正、3月期決算は前期に続いて連続赤字となり、いよい
よ追い詰められた。
 98年11月に発売されたドリームキャストは、国内の販売目標110万台
を大きく下回り60万台にも届かず、ソニー「プレイステーション」が国内だ
けで1700万台を売り上げたのに比べ、セガは惨敗したのである。
 さらに、昨年夏、セガの実質的な創業者である中山隼雄副会長が、人材派遣
会社の「パソナ」に去り、10月にはドリームキャストの販売責任者の広瀬禎
彦副社長が非常勤取締役に降格された。

●事実上の追放人事、大川会長のワンマン色強まる

 平成9年にセガを完全に買収、筆頭株主になったCSKの大川功会長は、野
村証券副社長の福島吉治氏を社長にスカウト、さらにホンダ副社長の入交昭一
郎氏を次期社長含みで迎え入れた。
 ワンマン経営者の大川社長は、金融機関や流通業界の情報処理システムの販
売、サービスの大手会社「CSK」のオーナー経営者で立志伝中の人物だが、
中山、広瀬氏とはソリが合わず、両氏を追放した形になった。
 二期連続赤字のセガを再建するため、大川会長はCSKの増資で1000億
円を手当する予定だったが、増資計画発表と同時に同社の株価1万3000円
から4600円に急落、公募価格を大幅に引き下げざるを得なくなった。
 追い詰められたセガは、家庭用ゲーム機から撤退するとか、3200人の従
業員を相当数リストラするとか、ソフトの叩き売りをするなど思い切った改革
が必要といわれるが、大川会長がどのような戦術に出るのか注目を集めてい
る。

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堕落する報道番組/見るに耐えない最近のテレ朝「サンデープロジェクト」
「オブチさんは逃げなかった、偉い」とゴマスリ/ジャーナリスト 川崎 明

 3月25日、小渕恵三首相が就任以来初めて沖縄県を訪問した。
 九州・沖縄サミットの主会場などの視察が目的だったが、そのスケジュール
の合間をぬって、テレビ朝日『サンデープロジェクト』の番組収録が行われ
た。
 翌26日、「総理と語るスペシャル“オブチさん今日こそ聞きたい疑問と決
意”小渕恵三VS田原総一郎沖縄で激突した90分の討論全記録』として放映
された。
 収録に際しては竹中平蔵慶応義塾大学教授と江崎玲於奈元筑波大学長がゲス
ト出演し、『サンプロ』の全持ち時間を費やして放映された。

●パブリシティー(広告宣伝)そのもの

 内容についてはいまさら言うまでもないが、これはまさにパブリシティー
(広告宣伝)そのものである。ゲスト出演の両氏はそれぞれ首相の私的諮問機
関である経済戦略会議、教育改革国民会議の主要メンバーであり、首相の発言
をサポートする役割を担わされた。
 あの田原聡一朗氏は番組のイントロで「小渕さんは逃げなかった、偉い」な
どとしきりに“ヨイショ”。対談内容は主要日刊紙に掲載された。
 3月20日前後に実施されたマスコミによる小渕内閣の支持率調査では、支
持率が36%に低下する一方、不支持率が45%に上昇、11カ月ぶりに不支
持が支持を逆転し、この内閣の不人気ぶりが一層明らかになっている。
 鳴り物入りで新年度予算を成立させたあとも一向に人気が上がらず、追い込
まれた小渕首相がパブリシティーによる人気回復策にすがる気になったのも不
思議ではない。

●『元朝鮮総連幹部の爆弾証言』はどうなった?

 それにしても、テレビ朝日の『サンデープロジェクト』による独占放映とい
う快(怪)挙も不思議なことである。
 テレ朝の『サンプロ』が2月27日に放映を予定していたが、朝鮮総連の圧
力によって放映中止に追い込まれたとする、『週刊文春』の報道をめぐる疑惑
については、本誌前号で取り上げたところである。
 放映中止には、野中広務自民党幹事長代理がかかわったとされる報道もある
なかでの今回のパブリシティーは、その信ぴょう性を高める結果になってい
る。
 『サンプロ』は早急にこれまでの経緯を視聴者・国民に明らかにすべきであ
る。さもないと、サミットの沖縄開催を自身で決めた小渕首相が、沖縄入りを
してまで演じたパブリシティーは何の効果も上げなくなるだろう。


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ソニーの金融界進出に暗雲/ソニー生命で有力副社長の意外な「左遷」人事
                     経済ルポライター 山根 次郎

 業績絶好調のソニー生命で、営業の元締め的存在の沖雅博副社長が、3月
1日付で営業担当を外され社長直属の補佐役を命じられた。
 沖副社長は、明治生命出身でソニー生命が立ち上がりの時に参加、ソニーの
“ライフプランナー”の育ての親といわれる功労者。この沖副社長が営業担当
を外されたことは、明らかな「左遷人事」と見られる。何か致命的な失敗をや
らかしたのか、それともスキャンダルを起こしたのか、現状では不明だが、意
外のトップ異動人事に業界の注目が集まっている。
 ソニー生命は、先に亡くなった創業者の一人・盛田昭夫会長が20年後の黒
字経営を目標に創立した会社である。ソニー銀行の設立構想も発表されている
が、金融界への進出が、吉と出るか凶と出るかは目下のところ未知数である。
それだけにソニー生命の今回の人事は一層注目される。

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腐敗警察のルーツ、パチンコ利権漁り恥史(2)        中野 忠良
人気高まり第一期黄金時代、「風営法」の制定と公安委員会の許認可制が施行

 1946年(昭和21年)、名古屋でパチンコ機の生産が始まる。盤面に
340本前後の釘が打たれていることから“バラ釘”といわれ、入賞口25カ
所、上段3個、中段2個、下段1個の賞球数になっており、現存するパチンコ
台では最古のものである。
 翌47年より、名古屋、大阪にパチンコ専門店が登場、1店あたりのパチン
コ台は10台から20台くらいの規模が普通だった。戦後の娯楽に飢えた人々
が、このパチンコ店に群がった。
 48年(昭和23年)に「風俗営業取締法」が制定され、遊技場の営業は国
家公安委員会の許可が必要とされた。9月1日より施行され、51個の値段は
1円と定められる。
 パチンコ台の「オール10」が出現、これは入賞口に玉が入ると10個の玉
が出ることからそう名付けられた。名古屋、大阪から九州方面、そして温泉地
の娯楽場にパチンコ店が並び始めた。

●パチンコ店での暴力沙汰も増加

 49年(昭和24年)には、早くも玉1個が2円に値上げされ、パチンコ台
は「オール物」が主流となり、全国のパチンコ店は4818店舗に増加してい
る。
 パチンコ店の増加と共に、パチンコ台にもさまざまな考案がなされ、50年
(昭和25年)には「オール20」台が登場した。同時に、正村竹一氏が考案
した「正村ゲージ」にパチンコ台の釘の配列が統一された。
 51年(昭和26年)全遊協が設立され、パチンコの業界団体が統一され
る。52年(昭和27年)には全国のパチンコ店は4万5317店舗に増加、
3年で十倍に増え、パチンコ人気が急速に高まった。
 同時に、パチンコ店での暴力沙汰が増え、18歳未満のパチンコ店の入場が
禁止(51年)された。
 53年(昭和28年)パチンコ台の「オール20連発式」が出現し、パチン
コ業界は第一次黄金時代に入る。(以下次号)

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