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  2006/12/20 No.363   週刊メールジャーナル  読者数11447人(前回)
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●本間正明政府税調会長の見苦しい言い訳と歪む税制
(会員制経済情報誌『現代産業情報』12月15日号より転載)

 嫌われ者になることを覚悟しなければならない政府税制調査会長職にありな
がら、官舎と個室にスタッフを“おねだり”した本間正明税調会長の「品性」
と「感性」に問題があると、弊紙は前号(No.566)(12月1日号=本誌
註)で指摘した。

 その問題が、『週刊ポスト』(06年12月22日号)で早々と表面化。お
ねだり官舎に大阪・北新地の元クラブママと「不倫同棲」していたのである。

 本間氏の入居は、3年前の経済財政諮問会議の頃。政府資産の売却を答申、
なかでも最も国民的批判の高い国家公務員宿舎の「原則売却」を決めながら、
自分自身は民間家賃の10分の1という特権を享受して住み続け、政府税調会
長という国民に強いる立場に就いてなお、愛人との同棲をやめなっかったとい
う本間氏の人間性は、「解任」に相当すると思われるのだが、官邸は「本間ガ
ード」に入っている。

 その理由は、こちらも下劣だ。

 財務省が意見具申した石弘光税制調査会長の留任を蹴って、「成長路線」の
本間氏を税調会長に据えたのは安倍ー塩崎ラインである。

 安倍晋三首相と塩崎恭久官房長官がこだわったのは、財務省色を排した「官
邸主導」の確立。

 それは首相の強いリーダーシップを見せつけるパフォーマンスでもあったの
だが、「本間解任」は任免権者である安倍首相の失点につながる。

 郵政民営化反対議員の復党、道路特定財源の一般財源化の失敗、やらせタウ
ンミーティング発覚の3点セットで、無能振りを露呈した安倍ー塩崎コンビは、
本間問題まで背負い込みたくなかったのである。

 だが、「入居はルールに則ったもので、本間会長に特に釈明など求めるつも
りはない」と、記者会見で述べた、塩崎官房長官の認識は甘すぎる。

 既に12月13日午後の財務省記者クラブで行われた記者会見で、しどろも
どろとなった本間氏は、恥を天下にさらしたが、今後、国会の場での追求が予
想されるし、「傷を抱えた税調会長」は、事あるごとにその“古傷”をいじら
れ、結果としてプライベートがもたらす弱気が、税制論議を歪めることになり
かねない。「官舎同棲」がもたらす罪は、こちらのほうが重い。

 それにしても、本間氏の言い訳は見苦しい。夫人との別居は3年にも及ぶと
いうから、官舎への入居は、愛人との同居を安くあげようとしたものであるこ
とは明白。

 しかも、最初の入居における同居人の名義は妻。100平方メートルのファ
ミリータイプを確保するためには、平気でウソをついた。

 「短期の措置として入れていただいた」「肉体的に大阪から通うのが非常に
つらかった」「宿泊代や日当を考慮すれば官舎の方が安い」「同棲と報じられ
た女性は引越しの手伝いにきてもらっただけ」「女性とは真剣に交際している」
「妻とは離婚協議中」……。

 もっともらしいが、全て言い逃れである。税金を使って安く同棲しようとし
ただけで、夫人と離婚問題が正式に話し合われたことがないことは、「離婚の
話は具体的にありません。あちら(本間氏)からそういってくれば、話し合い
ます」と、夫人が取材に答えていることでも明らかだ。

 小泉前首相の人気が高かったのは、大統領的首相を演出してきたからで、
「官邸主導」の形だけ真似ても、中身が党内や周囲の調整に終始する気の弱い
首相では、安倍氏の支持率急落は当然である。

 辞任でなければ解任――それが安倍首相の取るべき道であり、そうせずに
「官邸同棲」のせこい税調会長を抱え込んでいれば、今後、負担を強いられる
企業も国民も、その厳しい税制をとても容認できまい。

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◆「社内広報」は「社内コミュニケーション」の一部分である
(コミサポ・ネット「社内広報を考える」より転載)

 「社内コミュニケーションと社内広報」 (その3)
 
                         川崎 明

 去る12月3日、城義紀さん(プロフィール後記)が亡くなられた。
 この1、2年体調を崩され入退院を繰り返しておられたが、残念至極である。

 城さんは、永年広報関係の団体、研究会を指導のかたわら、ナナの「社内誌
企画コンペ」の審査員をされていた。

 私は、「ナナの審査」をお引き受けしてから、先生と昵懇になったのだが、
城さんの審査の視点、講評には、敬服し共感を覚えた。

 私がナナにかかわったきっかけは、「経営」と「社内広報」の関係をもっと
「経営論」として突き詰めてみたいと、かねがね考えていたからだ。

 いま、「ナナ」が隔月で開催している「社内広報サロン」は、実は、城さん
と私とのやり取りがきっかけになっている。

 多くの読者は、この「コミサポ・ネット」に、城さんの「社内コミュニケー
ションと社内広報」という抄論が掲載されていたことをご記憶と思う。

 まさに、いま私が小論を連載させていただいているテーマそのものである。

 先生には、第1回のサロンでお話をいただきたいと思っていたのだが、現在
のサロンは、当初の思惑とは少し違った形での会合が持たれている。

 それはそれですばらしい成果をあげており、異論の余地はない。

 実は、社内広報の研究会を立ち上げることを目論んでいた私が、城さんに、
「社内広報とは、そもそも何でしょうね」と、問うたのに対して、「社内コミ
ュニケーションの一部分ですね」と答えられた。

 一瞬私は、「えっ!」と、目が点になった思いを、いまでもありありと思い
出すのだ。

 私は、せいぜい「社内コミュニケーション」の和訳が「社内広報」だろうぐ
らいに、軽く考えていたからだ。

 戦後この国では、新聞学としての広義のマスコミュニケーション学を嚆矢と
して、さまざまなコミュニケーション論の研究が進んだが、経営学としてのコ
ーポレート・コミュニケーション論(企業広報論・一部では弘報論)では、
学問としても経営実態としても、対外広報(弘報)のあり方を中心として論議
が深まってきている。

 これとは全く別に、この国では、明治中期以降、急速に広がった社内誌、社
内広報誌は、経営管理論としては、欧米の経営学とは全く違った歩みを経て、
いまや、経営に大きな力を発揮するようになってきた。

 そのことに加え、近年、経営学修士(MBA)のライセンスが注目されるに至り、
経営管理論のカリキュラムである「インターナル・コミュニケーション論」
(社内広報論)の研究がすすんできたのである。

 そのことから、日本的なビジネスモデルのもとで、独自の発展史を持つ社内
誌・社内報も、経営管理論の学際テーマとして、研究対象のひとつになってき
たわけである。

 日本の社内誌や社内報の担当者が、米国のインターナル・コミュニケーショ
ンの学会に出ると、そのカテゴリー・守備範囲の広さにびっくりする。

 逆に言えば、わが国の社内誌編集担当者たちは、経営管理論から学んできた
米欧のコミュニケーターに比べ、視野も経験も狭くなりがちなのである。

 つまり、明治以来、独自の経営風土の中で、独特の存在価値を持つにいたっ
たわが国の社内誌・社内報を、これから先、どのように位置づけ、経営に不可
欠なコミュニケーションツールとして価値を高めていくのか、今、日本の経営
は岐路に立っているといってもよいのだ。

 国際化・自由化の大きな流れは、もはや逆流することはないであろう。

 ならば、価値観の違う従業者との社内コミュニケーションは、ますます大き
な経営課題になるだろう。

 かつて、国際的なコングロマリットを企図した鮎川義介は、戦後、日産グル
ープに「弘報研究会」を立ち上げた。

 その意図が、いまこの時代に、再評価されようとしている。

 過去のコーポレート・コミュニケーション・マネジメント(CCM)の中に、
独自の歴史、風土を培ってきた、日本的なインターナル・コミュニケーション
・マネジメント(ICM=社内コミュニケーション)に、スポットライトを当て
る必要性がでてきたのである。

 そして、それを実学として活かす経営学のなかに、経営管理論としての社内
広報論の研究を立ち上げる必要が、あるのではないか。

 城さんのご病気が快癒されたら、これから先の論議に参加していただき、日
本の広報学界に、あらたな分野として、インターナル・コミュニケーション学
を確立していただきたかったのである。ご冥福をお祈りします。(以下次号)

【城 義紀さんプロフィール】
 じょうよしのり 1965年東大経済学部卒。ダイヤモンド社を経て、PDA
(企画会社)を設立し、書籍編集、イベント・プロデュース、CI、町・村起こ
しなどを手掛ける。1992年コーポレート・コミュニケーション研究所開設。
ビジネスキャリア制度専門委員、日本広報学会理事等を歴任。著書に『コーポ
レート・コミュニケーション』、共著に『経営と広報』『企業文化と広報』
『あなたは会社を棄てられるか』『サラリーマン・OLの生き方事典』ほか多数。

【あとがき】

 いま、この国のビジネス界では、「勝ち組」「負け組」の存在がはっきりし
始めている。その岐路はどこのあったのか。

 経営理念を裏づけとする、適時、適切な経営方針を社内に徹底し、従業員の
意識と行動を統率する、社内コミュニケーションのありかたが、経営目標の成
否を分けるようになったのである。

 「企業は人なり」、古来、言い継がれてきた理(ことわり)にもかかわらず、
我が国の経営学では、経営者・経営トップの「人」だけを、あたかも指すよう
に誤解されてきた節がある。

 実は、トップに「人」を得た企業が、従業員たる「人」のポテンシャルを、
最大限引き出すことができたとき、初めて企業は、「勝ち組」たる条件を得る、
という、至極当たり前の経営理論に、ようやく立ち至ったのには、大きな理由
がある。

 かつて、日本の企業を支えてきた、労使のパラダイム、中でも、従業員の価
値観の多様化が、過去の日本的マネジメントの有効性を、根底から覆してしま
ったからである。

 そして、改めて、「人」のポテンシャルを、最大限引き出すことのできるか
否かが、「優勝劣敗」の基本的な要素になったのである。

 しかし、その根源、それがインターナル・コミュニケーション・マネジメン
ト(ICM=社内コミュニケーション)にあることに、いまだ、気がついてい
ない企業があまりに多いのは、不思議なことである。

【コミサポ・ネット】
http://www.commu-suppo.net/

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 週刊メールジャーナル 2006年12月20日 第363号(水曜日発行)
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