| 皆さんも知っておきましょう |
真実であればインターネット上に何を書いてもいいというわけではありません。公共性と公益性の2つの要件が必要なのです。大阪大学法学部教授で、わが国のマス・メディア法の権威である松井茂記氏は「公共性とは何か」「公益性とは何か」について、このように説明します。
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刑法上の名誉毀損であれ民法上の名誉毀損であれ、免責されるための第一の要件は、表現が公共の利害に関する事実に関するものであることである。
何が公共の利害の関する事実かについて、「公衆――不特定または多数人――の批判にさらすことが公共の利益増進に役立つと認められる事実」とか、「社会一般の多数人の利害に関する事実」とかいわれるが、他方「単に公衆の興味、好奇心の対象となるに過ぎない事実」ではないとされている。 要は、公衆がその事項について知っていたいと思い、そう思うことが正当である事項が、公共の利害に関する事実といえよう。 第一の典型例は、政府や公職者に関する報道である。これは政治批判という意味をもっているから、当然公共の利害に関する事実にあたると考えるべきである。そしてこの場合には、裁判所は広い範囲で免責の可能性を認めている。 最高裁判所も、衆議院議員選挙立候補者について、前科があると報道して損害賠償請求された事例で、国会議員ないしその候補者についてはその適否の判断にはほとんど全人格的な判断を必要とするとして、前科の公表までも許されるとした原審の判断を支持している(最一小判昭和四一年六月二三日民集二〇巻五号一一一八頁)。 第二の典型例は、犯罪や裁判などの報道である。ロス疑惑事件に関するマス・メディアによる報道でも、多くは公共の利害に関する事実と認められている。 第三の典型例は、それ以外の社会的な関心事項である。この場合には、公共の利害に関する事実か否かは個別的に判断されざるを得ない。 最近の事例では、名門ボクシングジムの会長(東京地判昭和六〇年一月二九日判例時報一四七一号一二七頁)、日本大学の理事(東京地判平成四年一〇月二七日判例時報一四七一号一二七頁)、貸金業者(フライデー「闇金融の帝王」報道事件・東京高判平成四年一二月二八日判例時報一四四九号一〇〇頁)、色盲まやかし療法(色盲まやかし療法報道事件・東京高判平成二年九月二七日判例時報一三五九号三八頁)、オウム真理教(オウム真理教事件・福岡地裁平成五年九月一六日判例タイムズ八四〇号一四八頁、一五二頁、一五八頁)、京都古都税反対運動に深く関わった人物(大阪高判平成五年一月二八日判例タイムズ八二七号二〇一頁)などに関する報道が、公共の利害に関する事実についてのものと認められている。 この問題が特にむずかしいのは、私行に関する事実である。 一般的にいえば、私生活上の事実は、公共の利害に関する事実とはいえない。しかし、すでに見たように、公職者やその候補者に場合その人の資質はしばしば私生活上の事項とも結びついて理解されており、それゆえたとえ私生活上の事項であっても公共の利害に関する事実だと考えられている。同じことは、いわゆる公的人物の場合にも妥当する。 最高裁判所も、いわゆる『月刊ペン』事件(最一小判昭和五六年四月一六日刑集三五巻三号八四頁)判決で、「私人の私生活上の行状であっても、そのたずさわる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによっては、その社会活動に対する批判ないし評価の一資料として、刑法二三〇条ノ二第一項にいう『公共の利害に関する事実』に当たる場合があると解すべきである」と述べている。 これは月刊ペンという雑誌が、創価学会批判の一環として、創価学会会長池田大作の女性関係についての記事を書き、起訴された事例である。 最高裁判所は、同会長が創価学会においてその教義を身をもって実践すべき信仰上のほぼ絶対的な指導者であって、公私を問わずその言動が信徒の精神生活等に重大な影響を与える立場にあったばかりか、その宗教上の地位を背景とした直接・間接の政治的活動等を通じて社会生活一般に対しても少なからぬ影響を及ぼしていたこと、スキャンダルの相手とされた女性も創価学会婦人部の幹部で元国会議員であったことから、このような行状は「公共の利害に関する事実」にあたると判断したのであった。 この趣旨は、民事の名誉毀損の場合にも妥当すると思われる(ただし、豊田商事会長の愛人報道について公共の利害に関する事実ではないとした東京地判昭和六三年二月一五日判例時報一二六四号五一頁)。 免責の第二の要件は、もっぱら公益をはかる目的であったことである。「専ら」とあるが、一般には、主たる動機が公益をはかる目的であればよいと考えられている。
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